中学校授業で抽象的な概念を生徒に「腑落ち」させるストーリーテリング活用術
抽象的な概念の理解が生徒の学びを深める鍵となる
日々の授業において、生徒に教科内容を深く理解してもらうことは教員の重要な役割の一つです。特に、目に見えない現象の仕組みや歴史的な背景、抽象的な数理的概念など、生徒にとって直感的に捉えにくい内容は少なくありません。これらの抽象的な概念を生徒が「腑落ち」させ、自身の知識として定着させることは、その後の学習の積み重ねにおいて非常に大切になります。
しかし、概念の説明は時に一方的になりがちで、生徒が受け身になってしまうこともあります。どのようにすれば、生徒が抽象的な内容に対しても興味を持ち、主体的に理解しようとする姿勢を引き出せるのでしょうか。一つの有効なアプローチとして、ストーリーテリングを授業に取り入れる方法が考えられます。
ストーリーテリングが抽象概念の理解を助ける理由
物語は、私たちの思考や記憶に深く根ざした情報伝達の形式です。人間は太古の昔から、物語を通じて世界の成り立ちや社会のルール、出来事の因果関係などを理解し、共有してきました。ストーリーテリングが抽象的な概念の理解に役立つのは、主に以下の理由が挙げられます。
- 因果関係の明確化: 物語は登場人物の行動や出来事の展開を通じて、明確な因果関係を示します。抽象的な概念における要素間の関連性やプロセスを、物語の筋立てに乗せることで、生徒は論理的なつながりを追体験しやすくなります。
- 感情移入と共感: 物語には感情が伴います。登場人物の視点や葛藤、成功や失敗などを描くことで、生徒はその物語に感情移入し、単なる知識の羅列ではない、生き生きとした情報として受け止めます。これにより、学習内容への関心が高まり、記憶への定着が促進されます。
- 具体化とイメージ化: 抽象的な概念は具体的なイメージを結びつけにくいものです。ストーリーテリングでは、抽象的な要素を「登場人物」や「場所」、「出来事」といった具体的な形に見立てることができます。これにより、生徒は自身の持つイメージと結びつけて概念を捉えることが容易になります。
これらの要素は、特に発達段階にある中学生にとって有効です。彼らは具体的な思考から抽象的な思考へと移行していく時期であり、物語という形で提示されることで、抽象的な内容への橋渡しがスムーズに行える可能性があります。
抽象概念をストーリー化する実践ステップ
抽象的な概念を授業でストーリーテリングとして活用するために、以下のステップを参考にしてください。複雑な準備は必要ありません。まずは簡単なものから試すことができます。
ステップ1:対象となる概念と核となる要素を特定する 授業で扱う抽象的な概念の中から、特に生徒が理解しにくい、あるいは重要だと考えられるものを選びます。その概念がどのような要素から成り立っているのか、その要素間にはどのような関係があるのか、どのようなプロセスを経て現象が起こるのかなど、概念の核となる部分をシンプルに分解して考えます。
ステップ2:要素を「登場人物」や「出来事」に見立てる ステップ1で特定した概念の要素やプロセスを、物語の登場人物や舞台、出来事に見立てます。例えば、 * 理科の「光合成」であれば、「光」をエネルギー源のヒーロー、「二酸化炭素」を材料を運ぶキャラクター、「水」をもう一つの材料、「葉緑体」を光合成が行われる工場、そして「酸素」と「ブドウ糖」を工場で作られる製品、といった具合に見立てることができます。 * 社会科の「参勤交代」であれば、各大名を旅をする主人公、道中の出来事を物語の展開、江戸と国元を物語の舞台、といった見立てが考えられます。 無理にすべてを物語にする必要はありません。概念の中心となる部分だけでも見立てることで、生徒の興味を引くきっかけになります。
ステップ3:シンプルな物語の骨子を作る 見立てた登場人物や出来事を用いて、概念の働きやプロセスを説明する短い物語の骨子を作成します。 * 始まり:物語の舞台設定や、登場人物が抱える課題(概念が解決しようとすることや、その始まり) * 中間:登場人物が課題を解決するために行う行動や、要素同士がどのように関わり合うのか(概念のプロセスや仕組み) * 終わり:課題が解決された結果や、物語の結末(概念がもたらす結果や状態) 起承転結を意識する必要はありません。あくまで概念の理解を助けるためのツールとして、シンプルで分かりやすい筋立てを目指します。
ステップ4:物語を語る、あるいは提示する 作成した物語を、授業の中で生徒に語り聞かせます。あるいは、物語のあらすじや短い文章、簡単なイラストなどをプリントや板書で提示するのも良い方法です。重要なのは、生徒が物語を通じて抽象概念のイメージを掴めるように導くことです。教員自身が楽しんで語ることも、生徒の興味を引き出す上で効果的です。
中学校での実践例
いくつかの教科での具体的なストーリーテリング活用例を挙げます。
- 理科(物質の状態変化): 水の分子を「小さな旅人」に見立てます。固体(氷)の状態を「みんながぎゅっと手をつないで離れない状態」、液体(水)を「少し手を離して自由に動き回る状態」、気体(水蒸気)を「手をつないでいるのを忘れてバラバラに飛び回る状態」と物語で表現します。熱を加えることを「旅人たちが元気をもらう」とすることで、分子運動と状態変化の関連性を分かりやすく伝えることができます。
- 社会科(鎌倉幕府成立までの流れ): 源頼朝を主人公にした「武士の世を築くまでの道のり」という物語を語ります。平氏との戦い、味方との出会いと別れ、そして幕府を開くまでの苦難と工夫をストーリーとして描くことで、単なる年号や出来事の羅列ではない、歴史の流れや人物の意図を生徒が感じ取りやすくなります。
- 数学(方程式の解き方): 方程式を「天秤」に見立て、「=」を釣り合い、文字(xなど)を「探し物」として、両辺に同じ操作(足したり引いたり)をすることを「天秤の釣り合いを保つために両側に同じ重りを置く(取る)」という物語仕立てで説明します。これにより、なぜ両辺に同じ操作をする必要があるのかという理由が、具体的なイメージとして生徒に伝わりやすくなります。
これらの例はあくまで一例です。扱う概念や生徒の興味関心に応じて、様々な物語の形が考えられます。
ストーリーテリング導入の注意点とヒント
ストーリーテリングを授業に導入する際にいくつか考慮しておきたい点があります。
- 概念の正確性を損なわない: 物語として分かりやすくするために概念を単純化しすぎると、かえって誤解を招く可能性があります。物語を語った後には、本来の概念の説明に戻り、物語で見立てた部分と実際の概念との対応関係を丁寧に解説することが重要です。
- 物語に時間をかけすぎない: ストーリーテリングはあくまで概念理解を助けるためのツールです。物語自体を複雑にしすぎたり、語るのに時間をかけすぎたりすると、本来の学習時間を圧迫してしまう可能性があります。シンプルで短時間で伝えられる物語を目指しましょう。
- 生徒の反応を見る: 生徒が物語に興味を示しているか、物語を通じて概念のイメージを掴めているかなどを観察し、必要に応じて語り方や物語の内容を調整します。生徒からの質問や疑問を引き出すきっかけにもなり得ます。
- 生徒自身に物語を作らせる: 慣れてきたら、生徒自身に特定の概念やプロセスについてストーリーを作らせる活動を取り入れることも非常に効果的です。これは生徒の理解度を確認できるだけでなく、抽象的に考える力や表現力を育むことにもつながります。グループワーク形式で行うことも可能です。
まとめ
中学校の授業で抽象的な概念や仕組みを生徒に「腑落ち」させることは、教員にとって一つの挑戦です。ストーリーテリングは、この挑戦に対する有効で実践的なアプローチの一つとなり得ます。概念を物語に見立てることで、生徒は因果関係を捉えやすくなり、感情移入を通じて関心を深め、具体的なイメージを結びつけやすくなります。
難しい理論や高度な準備は必要ありません。まずは授業で扱う一つの概念を選び、それをシンプルな物語として語ってみることから始めてみてはいかがでしょうか。きっと、生徒たちの反応に新しい発見があるはずです。ストーリーテリングを授業にプラスすることで、生徒たちの学びがより豊かで深いものになることを願っています。