「何から書けばいい?」を解決:中学校授業で生徒が物語を始めるための具体的ステップ
生徒の「書き出し」を後押しするストーリーテリング指導
中学校の授業で、生徒に自由な表現や創造的な思考を促す活動として、ストーリーテリングや物語作成を取り入れることは有効な方法の一つです。しかし、多くの先生方が経験されているように、「何から書けばいいか分からない」「アイデアが出てこない」と、生徒の手が止まってしまう場面に遭遇することがあります。白紙のまま時間だけが過ぎる、あるいは定型的な表現に終始してしまうといった状況は、生徒の自信喪失にもつながりかねません。
このような課題に対し、ストーリーテリングの視点からアプローチすることで、生徒が物語を始めるための具体的な「きっかけ」や「足がかり」を提供することが可能になります。難しい理論や高度なツールは必要ありません。少しの工夫と具体的なステップを示すことで、生徒は書き出しのハードルを越え、自分自身の言葉で表現する喜びを感じられるようになります。
本記事では、生徒が物語作成の最初の一歩を踏み出すための、授業で実践可能な具体的なステップとアイデアをご紹介します。
なぜ「始まり」が最も難しいのか
生徒が物語作成に戸惑う背景には、いくつかの理由が考えられます。
- 完璧を目指しすぎる: 「面白い物語を書かなければならない」「先生や友達に評価される」といったプレッシャーから、最初の一文が書けなくなることがあります。
- アイデアの出し方が分からない: 漠然と「物語を考えて」と言われても、どこから発想すれば良いか、思考の糸口を掴めない場合があります。
- 構成のイメージができない: 物語には始まり、展開、結末といった構造があることを理解していても、最初の段階で全体像を描くのは容易ではありません。
- 日常との接続が見つけられない: 学習内容や抽象的なテーマを、自分自身の言葉や具体的な出来事に落とし込むことに慣れていない生徒もいます。
これらの難しさを理解し、特に「物語の始まり」に焦点を当ててサポートすることが、生徒のストーリーテリング能力を育む上で効果的です。
物語の「始まり」を見つけるための具体的ステップ
生徒が「何から書けばいい?」という状態から抜け出し、物語を始めるための具体的な指導ステップをご紹介します。これらは単元や教科を問わず、様々な場面で応用できます。
ステップ1:テーマ・題材の「ピンポイント」化をサポートする
「自由なテーマで」という指示は、かえって生徒を悩ませることがあります。まずは、生徒が取り組みやすい、あるいは関心を持ちやすい「狭い範囲」に焦点を当てるサポートをします。
- 身近な経験や興味: 最近あった出来事、好きなこと、気になるニュースなど、生徒自身の生活や感情に直結する題材から始めるヒントを与えます。
- 写真やイラスト一枚から: 提示された一枚の写真やイラストを見て、そこに「何が写っているか」だけでなく、「その前に何があったか」「この後どうなるか」を想像させます。写っているモノや人の気持ちを問いかけることも有効です。
- 短いフレーズや単語から: 例として「古い時計」「雨の日のバス停」「見慣れない箱」など、少し情景や雰囲気を想像させる単語や短いフレーズをいくつか提示し、その中から一つを選ばせて物語の出発点とします。
ステップ2:「誰の物語か?」(主人公の設定)を明確にする
物語は基本的に誰かの視点や経験を通して語られます。生徒が描く物語の中心となる「誰か」を具体的にイメージさせることが重要です。
- 「もし、あなたが〇〇だったら?」: 学習内容に関連する人物、歴史上の人物、科学者、あるいは身近なモノ(教科書、机、給食のパンなど)になりきって、「もし自分だったら、どんな物語が始まるだろう?」と問いかけます。
- 「名前と特徴を決める」: 架空の人物を設定する場合でも、「名前」「年齢」「好きなもの」「ちょっと困っていること」など、簡単な特徴を決めるだけでも、人物像が立ち上がり、物語が動き出しやすくなります。
- 動物や非生物を主人公に: 人間以外の視点に立つことで、生徒は固定観念にとらわれず、自由に発想できるようになります。
ステップ3:「どこでの物語か?」(舞台設定)を具体的にイメージさせる
物語の舞台は、出来事が起こる場所であり、登場人物の感情や行動に影響を与えます。場所を具体的にすることで、物語のディテールが生まれやすくなります。
- 教室、グラウンド、図書館などの学校内: 生徒にとって最も身近な場所を舞台に設定することで、細部まで想像しやすくなります。
- 自分の部屋、近所の公園、商店街: 学校外の身近な場所も良い題材になります。
- 地図や写真、動画などを活用: 抽象的な場所ではなく、具体的な視覚情報を用いることで、生徒はより鮮明に舞台をイメージできます。その場所の「音」「匂い」「気温」なども想像させると、描写が豊かになります。
ステップ4:「何が起こる物語か?」(きっかけ・出来事)のヒントを与える
物語は、何らかの出来事(きっかけや変化)によって動き出します。生徒に「こんなことが起きたらどうなる?」という問いかけを投げかけます。
- 「もしも〇〇だったら?」: 「もしも、あなたの部屋に小さなドアが現れたら?」「もしも、今日から重力が半分になったら?」「もしも、教科書の中の人物が動き出したら?」など、非日常的な「もしも」を提示します。
- 「探検」「発見」「出会い」「紛失」などのキーワード: 物語のきっかけになりやすいキーワードをいくつか提示し、そこから想像を膨らませるように促します。
- 問いかけ形式の書き出し例: 「その日、彼の目に映ったのは、いつもと違う空の色だった。」「封筒には、差出人の名前がなかった。」といった書き出しの例をいくつか示し、それに続く物語を考えさせます。
ステップ5:これらの要素を組み合わせるワークショップ形式の導入
ステップ1〜4で生徒が考えた要素(テーマ、主人公、舞台、きっかけ)を組み合わせる活動を取り入れます。
- 要素カードの活用: それぞれのステップで考えた要素をカードに書き出し、それらをランダムに組み合わせて物語の骨子を作る活動を行います。例えば、「[古い時計]を拾った[臆病な猫]が、[図書館]で[不思議な音を聞く]物語」のように、カードを並べて物語の出発点を作ります。
- ペアワーク・グループワークでのアイデア共有: 一人で考えるのが難しい生徒も、友達と話す中で思わぬアイデアが生まれることがあります。お互いのアイデアを組み合わせたり、膨らませたりする時間を設けます。
具体的な授業での実践例
これらのステップを、特定の教科や単元に組み込む具体的な例をご紹介します。
- 国語科(文学作品の導入や創作単元): 提示されたキーワード(例: 物語の舞台となる地名、登場人物の名前、象徴的なアイテム)から、その物語の「始まり」を想像して短い物語を書いてみる。あるいは、教科書にある写真(例: 昔の道具、世界の風景)を元に、「この写真から始まる物語」を作成する。ステップ1、2、3、5が有効です。
- 社会科(歴史上の出来事や人物): ある歴史上の人物や出来事について、教科書や資料集の記述に加え、「もしその人が、その時何を考えていたか」「その出来事が、もし別の場所で起きたら?」など、共感や別の可能性を想像する短い物語を作成する。ステップ2、3、4が有効です。
- 理科(科学的発見や現象): ある発見をした科学者の「最初のひらめき」や「実験の最初の失敗」を物語にする。「もし、あの法則が逆だったら?」など、科学的な前提を覆す「もしも」から物語を始める。ステップ2、4が有効です。
- 総合的な学習の時間(探究活動): 地域探究で関わった人々の「これまでの物語の始まり(なぜその活動を始めたのか)」をインタビューに基づき作成する。あるいは、自分たちの探究活動の「始まりの物語(なぜこのテーマを選んだのか、最初の出来事)」を振り返りとして物語にする。ステップ1、2が有効です。
これらの実践例は、生徒が「知識」を単なる情報として捉えるだけでなく、「物語」として捉え、感情や想像力を伴って理解することを促します。
導入における注意点と工夫
ストーリーテリングを授業に取り入れる際には、以下の点に留意するとより効果的です。
- 評価はプロセスも見る: 物語の「完成度」だけでなく、アイデアを出そうとした努力や、ステップを踏もうとしたプロセスを評価の対象とします。
- 「完璧」を求めない: まずは短い物語、あるいは物語の「始まり」だけでも良い、という姿勢で取り組みます。生徒に「うまく書かなければ」というプレッシャーを与えないことが重要です。
- 書くことへの抵抗感を減らす: いきなり「書く」のではなく、まずは話したり、絵を描いたり、キーワードを書き出したりする活動から入ることで、書くことへの抵抗感を和らげることができます。
- 共有とフィードバックの機会: 生徒同士で物語の始まりを共有したり、簡単なフィードバックをしたりする時間を設けることで、新たな発見や意欲につながります。温かい雰囲気で、ポジティブな側面(「ここが面白いね」「この言葉がいいね」)に焦点を当てて行うことが大切です。
まとめ
生徒が物語作成を始める際の「何から書けばいい?」という問いは、創造的な活動における普遍的な課題です。しかし、今回ご紹介したように、テーマや題材のピンポイント化、主人公や舞台設定の明確化、きっかけのヒント提供といった具体的なステップを踏むことで、生徒は物語の「始まり」を見つけやすくなります。
これらの方法は、特別な準備や高度な技術を必要としません。普段の授業の導入や活動の一部として、手軽に取り入れることができます。生徒が自分自身の物語を語り始める最初の一歩をサポートすることは、彼らの表現力や思考力を育むだけでなく、学習内容への主体的な関心を引き出す力となります。ぜひ、先生方の授業に、ストーリーテリングによる「書き出し」サポートを取り入れてみてはいかがでしょうか。