中学校授業で生徒の問いと探究心を育むストーリーテリング活用法
ストーリーテリングが生徒の問いと探究心を刺激する
日々の授業において、生徒が受動的に知識を受け取るだけでなく、自ら疑問を持ち、深く掘り下げていく姿を見たいと考えている教員は多いかと存じます。しかし、どのようにすれば生徒の内発的な興味や探究心を引き出せるのか、試行錯誤されている方もいらっしゃるかもしれません。
ここでは、授業にストーリーテリングを取り入れることで、生徒の「なぜ?」という問いや、さらに深く知りたいという探究心を育む方法について考えます。複雑な準備や特別なツールは必要ありません。普段の授業に「プラスアルファ」として手軽に試せる実践的なアプローチをご紹介します。
なぜストーリーテリングが問いと探究を促すのか
物語は、人の心を惹きつけ、聞き手の感情や思考に働きかけます。教科書に書かれている事実やデータも、ストーリーという形を通して語られることで、生徒にとってより鮮やかで、忘れがたいものとなります。
ストーリーテリングが問いや探究を促すのは、主に以下の点によります。
- 興味・関心の喚起: 物語は生徒の注意を引きつけ、「続きはどうなるのだろう」「なぜそうなるのだろう」という自然な疑問を生み出します。
- 共感と主体性の醸成: 登場人物の視点や経験を通して、学習内容を「自分ごと」として捉えやすくなります。これにより、生徒はより主体的に内容に関わろうとします。
- 「隙間」への意識: 物語には語られない部分や、解釈の余地が含まれることがあります。こうした「隙間」が生徒に想像や推測を促し、「もしかしたらこうだったのでは?」「これを調べるにはどうすれば?」といった問いにつながります。
- 背景理解の促進: 事実やデータだけでなく、それが生まれた背景や、関連する人々の思い、苦労などが物語として語られることで、学習内容への多角的な視点を提供し、より深い理解と探究への動機付けになります。
授業で問いと探究を育むストーリーテリングの具体的なステップ
生徒の問いと探究心を引き出すために、ストーリーテリングを授業に組み込む具体的なステップを以下に提案します。
ステップ1:生徒に問いを持ってほしい学習内容を選ぶ
まず、単元や授業の中で、特に生徒に疑問を持ったり、深く掘り下げたりしてほしいポイント、あるいは生徒がつまずきやすい概念などを特定します。すべての内容でストーリーテリングを使う必要はありません。効果的な一点に絞ることで、取り組みやすくなります。
ステップ2:関連する「物語」を用意する・見つける
選んだ学習内容に関連する、生徒の興味を引きそうな短い物語やエピソードを探すか、簡潔に作成します。難しく考える必要はありません。
- 例1:歴史上の人物の「意外な一面」や「決断の背景」
- 教科書では数行で説明される出来事に関わる人物の、教科書には載っていない逸話や、困難に直面した時の心の葛藤などを語る。
- 例2:科学的発見や技術開発における「失敗談」や「偶然の産物」
- 有名な発見がどのように行われたか、その道のりでの失敗や試行錯誤のエピソード。
- 例3:数学の公式や定理が「どのように使われているか」の具体的な例
- 一見抽象的な数学の概念が、身近な場所や技術でどのように活用されているかを示す短い物語。
- 例4:文学作品やニュース記事にある「ある人物の視点」からの物語
- 主要人物だけでなく、脇役や、その出来事に関わった一般の人々の視点から語られる物語。
- 例5:日常や自然現象に潜む「なぜだろう?」を物語化
- 「なぜ空は青いのだろう?」「なぜこの植物はこんな形なのだろう?」といった素朴な疑問に、擬人的な要素などを加えて物語風に提示する。
既存の伝記や科学読み物、ドキュメンタリー映像の一部などを活用するのも良いでしょう。数分で語れる、あるいは短い文章や映像で見せられるものが手軽です。
ステップ3:物語を提示し、生徒に「疑問」を探させる
用意した物語を生徒に提示します。この際、「この話を聞いて、どんなことが気になった?」「『あれ?』と思ったところはあった?」のように、生徒自身の感じた疑問点に意識を向けさせます。
物語を語る際は、感情を込めて、生徒がその世界に入り込めるように工夫するとより効果的です。映像や写真、簡単な図などを補助的に使うことも有効です。
ステップ4:疑問を共有し、「問い」へと発展させる
生徒から出てきた疑問点を全体で共有します。最初は漠然とした疑問でも構いません。教員が少し整理したり、「それはどういうことかな?」「もっと詳しく知りたいことは?」といった問いかけを重ねることで、探究につながる具体的な「問い」へと練り上げていきます。
グループで話し合わせる時間を設けることも有効です。「この話で一番不思議に思ったことをグループで話し合ってみよう」「グループで一つの探究テーマを決めてみよう」のように促します。
ステップ5:問いに基づいた探究活動につなげる
生徒自身が立てた、あるいは共有した問いに基づいて、探究活動を行います。図書館での調べ学習、インターネットでの情報収集、簡単な実験計画、他の資料との比較、ディスカッションなどが考えられます。
ストーリーテリングで生まれた生徒の「知りたい」という気持ちが、探究への強い動機付けとなります。
中学校での実践例
- 理科(物理): 落体の法則を学ぶ前に、ガリレオ・ガリレイがピサの斜塔で実験したとされる逸話(諸説ありますが、物語として提示)を語り聞かせます。「本当にそうなるのだろうか?」「なぜ重いものと軽いものが同じ速度で落ちるのだろう?」といった疑問を引き出し、実際に簡単な実験を計画・実行する探究活動につなげます。
- 社会科(歴史): 戦国時代の特定の合戦について学ぶ際、一般的な武将の視点だけでなく、そこに徴兵された農民や、城下で暮らす商人の子どもたちの視点からの短い物語(創作でも良い)を提示します。「戦いが人々の暮らしにどう影響したのだろう?」「当時、普通の人々は何を考えていたのだろう?」といった問いから、当時の社会構造や民衆の生活に関する探究へ発展させます。
- 国語(文学): ある小説の登場人物の行動について考える際、その人物の過去や、物語には明記されていない心情の変化に関する短いエピソードを教員が語ります。「なぜこの人はこのような行動をとったのだろう?」「もしこの時、別の選択をしていたらどうなっただろう?」といった問いを生み出し、作品の深い解釈や、人間心理についての考察を促します。
導入にあたっての注意点
- 完璧さは不要: プロの語り部のような技術は必要ありません。大切なのは、内容への愛情と、生徒に伝えたいという気持ちです。
- 時間の配分: 授業時間には限りがあります。ストーリーテリング自体は短時間(5分〜10分程度)で行い、その後の問いの共有や探究活動に時間をかける構成が良いでしょう。
- すべての生徒が同じ問いを持つわけではない: 生徒によって興味を持つポイントは異なります。多様な疑問を認め、共有することで、お互いの問いから学び合う雰囲気を作ることも重要です。いくつかの「問いの例」を教員側から提示することも有効です。
- 評価への接続: ストーリーテリングから生まれた問いや、それに基づく探究のプロセス自体を、生徒の主体的な学びとして評価の視点に含めることも検討できます。
終わりに
ストーリーテリングは、単に知識を伝えるだけでなく、生徒の心に火をつけ、自ら学びに向かう力を引き出す強力なツールとなり得ます。特に、生徒の「なぜ?」という素朴な疑問や、さらに深く知りたいという探究心は、学びの最も重要な原動力です。
今回ご紹介した方法は、特別な準備を必要とせず、普段の授業に少しの工夫を加えるだけで実践できます。まずは一つの単元や、生徒の反応が気になる箇所から、短い物語を語ることから始めてみてはいかがでしょうか。生徒たちの輝く瞳と、活発な問いかけに出会えるかもしれません。