データや情報を生徒に「生き生きと」伝える:中学校授業でのストーリーテリング活用法
中学校の授業では、歴史上の出来事の年表、社会状況を示す統計データ、科学実験の結果を示すグラフなど、様々なデータや情報を扱います。これらの情報は客観的で重要ですが、生徒にとっては単なる数字や事実の羅列として映り、関心を持ちにくい場合があります。
授業へのストーリーテリング導入は、このようなデータや情報を、生徒が関心を抱き、主体的に理解を深めるための有効な手法の一つとなり得ます。データや情報に「物語」の視点を加えることで、生徒はそこに隠された人間ドラマや社会的な背景、変化の過程などを感じ取りやすくなります。
データや情報をストーリーとして伝えることの意義
データや情報をストーリーとして提示することで、生徒は以下の点において学びを深めることが期待できます。
- 関心の喚起と記憶への定着: 事実の羅列よりも、そこに込められた背景や因果関係を物語として聞く方が、生徒は興味を持ちやすく、記憶にも残りやすくなります。
- 多角的な視点の育成: データが示す「結果」だけでなく、なぜそのような結果になったのか、その背後にはどのような人々の営みがあったのか、といった「過程」に目を向けさせることで、物事を多角的に捉える力が養われます。
- 思考力・分析力の向上: ストーリーとして聞くことで、「なぜ登場人物(データ)はこの行動(数値変化)をとったのだろう」「次にどうなるのだろう」といった疑問が生まれやすくなり、それがデータや情報の分析、解釈へとつながります。
- 共感力・想像力の刺激: 過去の出来事や遠い場所の人々に関するデータも、物語として語られることで、生徒はそこに生きる人々に共感したり、状況を想像したりしやすくなります。
データ・情報をストーリー化する具体的なステップ
難しい準備や特別なツールは必要ありません。普段お使いの教科書や資料集にあるデータや情報を用いて、以下のステップでストーリーテリングを授業に取り入れてみましょう。
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「主人公」と「舞台」を設定する:
- データや情報の中で、最も伝えたい変化や傾向、あるいは特定の要素を「主人公」として捉えます。例えば、ある地域の人口推移データなら、「その地域(舞台)」における「人口の変化(主人公とその物語)」に焦点を当てます。
- 年表であれば、特定の人物や出来事を「主人公」とし、その人生や影響を「物語」の軸とします。
- 科学実験のデータであれば、特定の物質や現象を「主人公」とし、実験条件という「舞台」でどのように変化したかを語ります。
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「葛藤」や「課題」を見つける:
- データや情報の持つ「変化」「対立」「課題」「問い」といった要素を掘り下げます。
- なぜ人口は増減したのか(経済変動、社会情勢など)、その変化は人々の生活にどのような影響を与えたのか。
- その歴史上の人物は、どのような困難に直面し、それをどう乗り越えようとしたのか。
- その科学現象は、どのような未知の課題を含んでいたのか、それを解明するためにどのような試みがなされたのか。
- データや情報が単に示す事実の裏にある「なぜ?」や「どのように?」を探り、それが生徒にとっての「葛藤」や「課題」として提示できるように言葉を選びます。
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「時間の流れ」や「変化のプロセス」を語る:
- データや情報を、単なる静止した点ではなく、時間の流れの中での「変化」や「推移」として捉え直し、物語のように語ります。
- 「初め、この地域では〇〇でした。しかし、△△という出来事があり、人々の生活は大きく変わりました。それを示すのが、このグラフの急激な変化です。」のように、原因と結果、前後のつながりを意識して話を進めます。
- 年表であれば、「〇〇年に生まれた彼は、△△を経て、□□年に決定的な選択を迫られました。」のように、時間の経過を物語の展開として描きます。
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「結末」や「示唆」を提示する:
- データや情報が最終的に示唆する「結論」「結果」「教訓」などを、物語の「結末」として提示します。
- ただし、必ずしも明確な「ハッピーエンド」や「バッドエンド」である必要はありません。データが示す「現状」や「未来への問いかけ」を、生徒自身が考えたくなるような形で締めくくることが重要です。
- 「このデータからは、〇〇ということが読み取れます。では、今後私たちはどのようなことに注意すべきでしょうか。」のように、生徒に主体的な思考を促す問いかけで終えることも有効です。
中学校授業での実践例
- 社会科(歴史):
- ある時代の農村の様子を示す絵図や統計データ(人口、作物収穫量など)を提示し、「この村で生きる太郎さんは、データが示す社会情勢の中でどのような生活を送っていたのだろうか」といった導入を行います。飢饉の年のデータであれば、食料不足という「葛藤」の中で人々がどのように生き延びようとしたのか、具体的なエピソードを交えて語ることで、単なる数値ではない歴史の実情を生徒に感じさせます。
- 社会科(地理):
- ある国の産業構造や貿易相手国の変遷を示すグラフや統計データを用います。「この国は、初めは〇〇が盛んでしたが、時代の変化とともに△△へと産業の軸を移しました。なぜでしょう。そこにはどのような苦労や工夫があったのでしょう。」といった形で、データが示す変化を国家や人々の努力の物語として提示します。
- 理科:
- 特定の化学反応における温度と生成物の量の関係を示すグラフを用います。「この化学物質は、温度が低い間はおとなしくしていましたが、ある温度を超えると急に活発に反応し始めました。まるで眠っていた力が目覚めたかのようです。なぜ、この温度で劇的な変化が起きたのでしょう。」のように、無機質なデータに擬人的な表現を加え、生徒の好奇心を引き出します。
- 生物の成長データであれば、「この植物は、初めはゆっくりとしか伸びませんでしたが、光をたくさん浴びるようになってから、あっという間に大きくなりました。光は、この植物にとってどのような『力』だったのでしょうか。」のように、自然現象を「成長物語」として語ります。
ストーリーテリング導入における注意点
- 事実からの逸脱を避ける: ストーリーテリングはあくまでデータや情報の理解を助ける手段です。事実を誇張したり、歪めたりすることなく、客観的なデータに基づいた物語を語ることが重要です。
- 生徒自身の思考の機会を奪わない: 全てを語り尽くすのではなく、生徒自身がデータを見て考えたり、解釈したりする余地を残しておくことが大切です。「このデータから他にどのような物語が想像できますか?」のように、生徒に問いかける時間を設けると良いでしょう。
- 全てのデータに適用する必要はない: ストーリーテリングは強力な手法ですが、全てのデータや情報伝達に適しているわけではありません。効果的な場面を見極め、「プラスアルファ」として活用することを意識します。
結論
データや情報は、私たちの社会や自然を理解するための羅針盤です。しかし、その羅針盤を生徒にとって意味のあるものにするためには、単なる事実の提示に留まらず、そこに息づく物語や背景を共に読み解く視点が有効です。
今回ご紹介したストーリーテリングの手法は、特別な準備を必要とするものではありません。いつもの授業資料に、「この数字は、誰にとってどのような意味を持つのだろうか」「この変化の裏には、どんなドラマがあったのだろうか」という問いかけを一つ加えることから始められます。
ぜひ、次回の授業で、データや情報に「物語」という新しい光を当ててみてください。生徒たちの理解が深まり、学習への主体的な関心が高まるきっかけとなることを願っております。