生徒の「学びの軌跡」を物語に:中学校授業での振り返り・メタ認知へのストーリーテリング活用
中学校の授業において、生徒の皆さんが主体的に学び、その学びを深めるためには、「振り返り」の時間が非常に重要であると考えられます。しかし、実際の授業では、振り返りの活動が形式的になりがちで、単に「何を学んだか」を箇条書きにするだけで終わってしまうという課題を感じる先生方もいらっしゃるかもしれません。
本記事では、このような振り返りの質を高め、生徒の皆さんが自身の「学び方」や思考プロセス、感情の動きといった「学びの軌跡」を深く内省できるよう促す方法として、ストーリーテリングの活用を提案します。ストーリーテリングは、単なる出来事の羅列ではなく、そこに至るまでの経緯や背景、感情、そして結果に対する意味付けを含んだ「物語」として語り直すことで、生徒の皆さんの内省を促し、メタ認知能力の向上に繋がる可能性を秘めています。
振り返り・メタ認知にストーリーテリングが有効な理由
なぜストーリーテリングが、授業後の振り返りや生徒のメタ認知(自身の思考や学習プロセスを客観的に把握・コントロールする能力)に有効なのでしょうか。その理由はいくつか考えられます。
- 意味付けと構造化の促進: ストーリーは、出来事と出来事を因果関係や時間の流れで結びつけ、意味を付与する形式です。学びのプロセスを「物語」として語ることで、生徒の皆さんは単なる事実の羅列ではなく、「なぜこうなったのか」「次にどう繋がるのか」といった繋がりを意識し、学び全体を構造的に捉え直すことができます。
- 感情や思考の変化の表現: 学びの過程には、理解できた喜び、つまずいたときの葛藤、新しい発見への驚きなど、様々な感情や思考の変化が伴います。ストーリーテリングは、これらの内面的な動きを含めて表現することを促します。これにより、生徒の皆さんは自身の感情や思考パターンに気づきやすくなります。
- 内省の深化: 「物語として語る」という行為そのものが、対象に対する深い内省を促します。話したり、書いたりする中で、曖昧だった思考が明確になったり、新たな気づきが生まれたりすることがあります。
- 多様な視点への気づき: 他の生徒の「学びの物語」を共有することで、自分とは異なる学び方、つまずき方、解決策があることに気づく機会となります。これは、自身の学習戦略を客観的に見つめ直し、改善するヒントを得ることに繋がります。
振り返り・メタ認知にストーリーテリングを組み込む具体的なステップ
ここでは、中学校の授業における振り返り活動にストーリーテリングを無理なく組み込むための、具体的なステップを紹介します。特別なツールや高度な準備は必要ありません。
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振り返りの「問い」を物語形式で設計する
- 単に「今日学んだこと」を問うのではなく、生徒の皆さんが自身のプロセスを物語として語れるような問いかけを用意します。
- 例:
- 「この単元(あるいは今日の授業)を通して、学びのスタート地点からゴールまで、あなたはどんな道のりをたどりましたか?一番印象に残っている出来事は何ですか?」
- 「この課題に取り組む中で、あなたがぶつかった『壁』は何でしたか?その壁を乗り越えるために、どんなことを考え、どんな行動をしましたか?」
- 「今日の授業で、『なるほど!』と思った瞬間はいつですか?その前と後で、あなたの考えや感じ方はどう変わりましたか?」
- 「グループでの活動で、あなたがチームに貢献できたと感じる『エピソード』は何ですか?それはなぜですか?」
- これらの問いは、事前にワークシートに印刷しておいたり、黒板やスライドで提示したりすると良いでしょう。
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「物語」を表現する方法を示す
- 必ずしも長い文章である必要はありません。生徒の皆さんが手軽に取り組める方法を複数提示します。
- キーワード+簡単な説明: 学びの過程を表すキーワードをいくつか挙げ、それぞれのキーワードについて短い文章や箇条書きで説明を加える。
- 簡単な図解やイラスト: 学びのプロセスをフローチャートやマインドマップのように図で示し、簡単な吹き出しなどで説明を加える。
- 短い文章での記述: 100字〜200字程度の短い文章で、問いに対するエピソードを記述する。
- 音声メモ: スマートフォンなどの録音機能を使って、短く話し、後で聞き返す(共有は任意)。
- 生徒の皆さんが自分の得意な方法を選べるようにすると、取り組みやすくなります。
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振り返りの時間を確保し、実践を促す
- 授業の終末に、落ち着いて振り返りに取り組める時間を確保します。
- 「完璧な物語を書こうと思わなくて良い」「感じたこと、考えたことを素直に表現してみよう」といった声かけで、生徒の皆さんの心理的なハードルを下げます。
- 先生自身が簡単な振り返りの例(ただし、生徒の皆さんの回答に影響を与えすぎない内容)を示すことも有効です。
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共有とフィードバックの機会を設ける(任意・限定的)
- 振り返った内容を、全員に公開する必要はありません。
- 希望者のみの発表、ペアや小グループ内での共有、提出して先生だけが確認するなど、生徒の皆さんが安心して共有できる方法を選びます。
- 共有された内容に対しては、良い・悪いの評価ではなく、「〇〇さんは、この壁をこのように乗り越えたのですね。素晴らしい気づきです」「〇〇さんが、最初に〇〇だと思っていたのが、授業を通して〇〇に変化したというエピソードは、他の皆さんにも参考になるかもしれませんね」といった、プロセスの価値を認めるフィードバックを行います。
実践例
例えば、数学の「図形の証明」の単元で考えてみましょう。
単元終了後、生徒の皆さんに以下のような問いかけで振り返りを促します。
「あなたが『図形の証明』を初めて学んだとき、どのように感じましたか?(スタート地点)\ そこから、授業や課題に取り組む中で、一番難しさを感じたのはどんなところでしたか?(困難)\ その難しさを乗り越えるために、どんなことを考え、どんな練習をしましたか?(行動・工夫)\ そして、今、あなたは『図形の証明』について、最初に比べてどのように理解が深まりましたか? 証明問題を解けるようになった『瞬間』があれば、そのエピソードを教えてください。(変化・成果・気づき)\ この学びを通して、あなたは自分自身の『学び方』について、どんな発見がありましたか?(メタ認知)」
生徒の皆さんは、これらの問いを手がかりに、自身の学習プロセスを短い物語として記述したり、簡単な図で示したりします。
- 「最初は記号ばかりで何が何だか分からず、全く手が進まなかった。教科書の例題を真似してみても、なぜそうなるのかが分からず、ただ写すだけだった。でも、先生が『なぜその補助線を引くのか?』と問いかけてくれたとき、初めて『目的』を考えるようになった。友達と『どうしてこうなるんだろうね?』と話し合ったことも役立った。だんだん『この条件があるなら、この定理が使えるかも』とひらめくことが増えて、証明がパズルのように面白くなってきた。諦めずに一つずつ考えれば、難しい問題でも突破口が見つかることがあると分かった。」
このような生徒の皆さんの振り返りは、単に「証明ができるようになった」という結果だけでなく、そこに到達するまでの思考プロセス、困難への向き合い方、他者との関わり、そしてそこから得られた学びに関するメタレベルの気づきを含んでいます。
ストーリーテリング導入の注意点
振り返りにストーリーテリングを取り入れる際は、いくつかの点に留意すると良いでしょう。
- 完璧主義を求めない: まずは短いエピソードやキーワードから始めるなど、生徒の皆さんが気軽に試せるようにします。
- 評価との関連を慎重に: 振り返りの内容そのものを厳密に評価するのではなく、振り返りに取り組んだ姿勢や、そこから得られた生徒自身の気づきに焦点を当てる方が、自由な内省を促せます。
- 安心・安全な場づくり: 特に内容を共有する場合、生徒の皆さんが自分の内面を安心して表現できる信頼関係が重要です。
終わりに
授業における振り返り活動にストーリーテリングの手法を少し取り入れてみることは、生徒の皆さんが自身の学びをより深く理解し、内省する力を育む有効な手段となり得ます。単なる知識の定着だけでなく、学び方そのものに目を向けさせ、将来にわたって学び続ける力を養うための一歩として、ぜひ小さなステップから試してみてはいかがでしょうか。