「語られていない部分」に注目する:中学校授業で生徒の思考力と多様な視点を育むストーリーテリング活用法
授業における「物語の空白」への着目とその意義
日々の授業において、生徒がテキストの内容を表面的な情報として受け取るに留まらず、より深く思考し、自らの言葉で表現するようになることは、多くの教員が願うところです。特に物語や文章を扱う際、登場人物の行動や心情の背景、出来事と出来事の間の時間、あるいは語り手の視点から漏れた部分など、「語られていない部分」に生徒の意識を向けることは、生徒の能動的な学びを引き出す上で有効な手法となり得ます。
ストーリーテリングの手法の中には、単に物語を語るだけでなく、聞き手の想像力や解釈の余地を残すことで、より深い共感や思考を促すものがあります。この考え方を授業に取り入れることで、生徒は提示された情報だけでなく、その背後にあるものや、異なる可能性について考えるようになります。
中学校段階の生徒は、抽象的な思考力や他者の視点を理解する能力が発達してくる時期です。物語の「空白」に注目させる活動は、こうした生徒の発達段階に適しており、単なる読解に留まらない、思考力、想像力、そして多様な価値観や視点への理解を深める機会を提供します。
授業計画に「語られていない部分」への着目を組み込む具体的なステップ
生徒に物語や文章の「語られていない部分」への注目を促す授業をデザインするための具体的なステップを紹介します。特別なツールや複雑な準備は必要ありません。
- 題材の選定
- 生徒の興味を引きやすい、あるいは授業で扱う単元に関連する物語、短編、寓話、歴史上のエピソードの断片、ニュース記事などから、「語られていない部分」や解釈の余地を含みやすいものを選定します。明確な結論がすぐに示されないものや、複数の登場人物が登場するものが適している場合があります。
- 「空白」の特定と問いの設定
- 教師が事前に、その題材のどこに「語られていない部分」があるか、生徒にどのような点を考えてほしいかを検討します。
- 例えば、
- 登場人物がなぜその行動をとったのか、その時の気持ちはどのようなものだったか(行動や心情の背景)
- 物語の中で省略されている時間の中で何が起こったのか(時間の空白)
- ある出来事について、別の登場人物や立場の人から見たらどのように感じられたか(視点の切り替え)
- 物語の結末から想像される、その後の展開(未来への想像)
- 語り手が意図的に語らなかったこと、あるいは知らなかったこと(語り手の限界)
- これらの「空白」に対し、生徒に思考を促す具体的な問いを設定します。「このとき、〇〇はどんな気持ちだったと思いますか?」「△△の視点から見ると、この出来事はどのように映るでしょうか?」「もしあなたがこの状況だったら、どうしますか? その理由は?」のように、生徒が答えに窮することなく、想像を働かせやすい問い方が有効です。
- 生徒の活動設定
- 設定した問いに対し、生徒がどのように思考し、表現するかを計画します。
- 個人ワーク: 問いに対する自分の考えや想像した内容を文章やイラストで表現する。
- グループワーク: 小グループで問いについて話し合い、多様な意見を交換し、グループとしての解釈や想像をまとめる。
- ディスカッション: 問いに対する生徒の多様な考えをクラス全体で共有し、それぞれの根拠を話し合う。
- 活動形式は、授業時間や目標に合わせて選択します。まずは短時間で手軽にできる個人ワークや、ペアでの簡単な話し合いから始めることも可能です。
- 発表・共有・深掘り
- 生徒が考えたり創造したりした内容を発表・共有する時間を設けます。生徒一人ひとりの異なる解釈や想像を尊重し、受け入れる雰囲気を大切にします。
- 発表された内容に対し、「なぜそう考えたのですか?」「その根拠はどこにありますか?」といった問いを投げかけ、生徒の思考のプロセスを明確にしたり、さらに深く考えさせたりします。
- 多様な視点や解釈があることを生徒自身が認識し、他者の考えに触れることで、自らの視野を広げる機会とします。
実践例:様々な教科での応用
「語られていない部分」に注目させる手法は、特定の教科に限定されず応用可能です。
- 国語科: 物語文を読み、登場人物のセリフとセリフの間にある心情の変化や、語られていない行動の理由を想像し、短い物語を書き加えたり、登場人物の視点から日記を書いたりする。
- 歴史科: 歴史上の出来事について、教科書に書かれていない当時の一般の人々の暮らしぶりや感情、あるいは敗者側の視点を想像し、短いモノローグを作成する。
- 公民科: ニュース記事として報じられた出来事の背景にある、当事者の個人的なエピソードや、その出来事が周囲の人々に与えた影響を想像し、ロールプレイングを行う。
- 理科: ある科学的な発見や技術開発に至るまでの「失敗談」や「困難」に関する断片的な情報から、科学者や技術者がどのような試行錯誤を経てきたのかを想像し、ストーリーとして発表する。
導入にあたっての注意点
この手法を授業に導入する際には、いくつかの点に留意するとより効果的です。
- 「正解」を求めすぎない: 物語の「空白」に対する考えや想像に唯一絶対の「正解」はありません。生徒の多様な解釈や創造性を否定せず、まずは受け入れる姿勢が重要です。
- 安心して話せる雰囲気作り: 生徒が「間違っているかもしれない」という不安なく、自由に発想や意見を述べられる心理的な安全性を確保することが大切です。
- 問いの工夫: 生徒が全く手がかりを得られないような難しい問いではなく、テキストの内容を手がかりにしながらも、一歩踏み込んだ思考を促す問いを工夫します。
- 導入時間の調整: 初めから大きな活動として取り組むのではなく、授業の冒頭や終末に短い時間を設けて、ワンポイントとして問いかけを行うなど、手軽な形式から試してみるのが良いでしょう。
終わりに
物語や文章の「語られていない部分」に注目させるアプローチは、生徒が受動的に知識を受け取るだけでなく、自ら思考し、想像し、多様な視点に触れるための有効な手段です。この手法を取り入れることで、生徒の思考力、表現力、そして他者や社会への共感力を育むことができると考えられます。ぜひ、日々の授業の中で少しずつ試してみていただければ幸いです。