ストーリーを聞き合う時間：中学校授業で生徒の『聞く力』『共感力』を育む実践アイデア
中学校の授業において、教科内容の理解を深めることはもちろん重要ですが、それと並行して生徒たちの社会性やコミュニケーション能力を育むことも大切な教育目標の一つです。特に、「聞く力」と「共感力」は、他者との円滑な関係構築や多様な価値観の理解において不可欠な要素と言えるでしょう。
しかし、日々の限られた授業時間の中で、これらの力を意図的に、かつ効果的に育む機会を設けることは、容易ではないと感じられているかもしれません。生徒が発言する機会はあっても、じっくりと他者の話に耳を傾け、その背景や感情に思いを馳せる時間は十分に確保できているでしょうか。
ここで着目したいのが、ストーリーテリングの持つ力です。ストーリーは単なる情報の羅列ではなく、語り手の経験や感情、価値観が込められたものです。ストーリーを聞くことは、単語や文章を追うこと以上の、語り手との内面的な交流を促します。この特性を活かすことで、生徒の「聞く力」そして「共感力」の育成に繋がる可能性があるのです。
ストーリーを聞くことが『聞く力』と『共感力』を育む理由
なぜ、ストーリーテリングがこれらの力の育成に有効なのでしょうか。
一つ目は、物語への没入が集中力を高めることです。人は物語に触れるとき、自然とその展開や登場人物の感情に引き込まれやすい傾向があります。これにより、情報としての言葉だけでなく、語り手の声のトーンや表情、間の取り方といった非言語的な情報にも意識が向きやすくなります。これは、表面的な情報だけでなく、話の背景や意図を読み取る「深い聞く力」の育成に繋がります。
二つ目は、他者の内面に触れる機会となることです。ストーリーには、語り手の経験、悩み、喜び、発見などが内包されています。これを聞くことで、生徒は自分とは異なる他者の視点や感情を追体験し、共感するきっかけを得やすくなります。特に、身近なクラスメイトや教師の個人的なエピソードは、共感をより強く引き起こす可能性があります。
三つ目は、多様な価値観への開かれた姿勢を育むことです。様々な人のストーリーに触れることは、世の中には多様な考え方や生き方があることを自然に学ぶ機会となります。自分とは異なる意見や背景を持つ人に対しても、まずはその人の「ストーリー」に耳を傾けることで、理解しようとする姿勢や、多様な価値観を受け入れる土壌が培われます。
中学校授業で実践できるストーリーを聞き合う具体的なアクティビティ
では、具体的にどのような形で授業にストーリーテリングを取り入れれば良いのでしょうか。特別なツールや複雑な準備は不要です。既存の授業時間内に、少しの時間を設けることで実践できます。
1. ミニストーリー・シェアリング（ペアワークまたは小グループ）
授業の冒頭や終わりに、短時間（例えば3〜5分程度）で行える簡単なアクティビティです。
- テーマ設定: 「週末に新しく発見したこと」「最近少し頑張ったこと」「嬉しかったこと」など、生徒が気軽に話せる日常的なテーマを設定します。
- ペアまたはグループでの実施: 生徒を2人組または3～4人の小グループに分けます。
- ストーリーを話す・聞く: 一人が設定されたテーマについて1～2分程度のミニストーリーを話します。聞き手はただ聞くだけでなく、話し手の目を見て頷いたり、相槌を打ったりしながら、しっかりと耳を傾けることに意識を向けます。
- 役割交代: 時間になったら役割を交代し、もう一人が話します。
- 簡単な振り返り: 全体で、「友達の話を聞いてどんな気持ちになったか」「聞くときにどんなことを意識したか」などを簡単に共有します。
この活動は、生徒が安心して話す練習になるだけでなく、他者の話を集中して聞く習慣を身につけるのに役立ちます。身近なクラスメイトの日常に触れることで、共感の機会も生まれます。
2. 『その時、どう感じた？』インタビュー（ペアワーク）
教科内容に関連する特定の出来事や人物に焦点を当て、物語の「感情」や「背景」に踏み込むアクティビティです。
- 準備: 教科書や資料集に登場する人物の、ある決断や経験、歴史上の出来事などがテーマになり得ます。例えば、科学者の発見に至るまでの葛藤、歴史上の人物が困難に立ち向かった時の心境、ある文学作品の登場人物の心情などが考えられます。
- 役割設定: 生徒がペアになり、一方が「インタビューする人」、もう一方が「（テーマの）人物になりきって話す人」の役割を担います。
- インタビュー: インタビューする人は、「その時、あなたはどのように感じましたか？」「なぜそのように行動したのですか？」といった、事実だけでなく感情や背景を深掘りする質問をします。
- 回答・ストーリーを語る: 人物になりきった生徒は、想像力や資料から得た知識をもとに、その人物の立場からストーリー（経験や感情）を語ります。
- 振り返り: ペア内で、話した・聞いた双方の視点から、「なりきってみて難しかった点」「話を聞いて感じたこと」「もし自分だったらどうするか」などを話し合います。
このアクティビティは、単なる知識の暗記に終わらず、歴史や文学、科学といった教科内容に登場する人々の人間性や感情に触れる機会を提供します。これにより、生徒は出来事を「自分ごと」として捉えやすくなり、共感を通じて深い理解に繋がる可能性があります。
実践上の工夫と注意点
これらの活動を授業に取り入れる際に、いくつか考慮しておきたい点があります。
- 安全な場の確保: 生徒が安心して自分のことや考えを話せる、また、他者の話を否定せず受け止められる雰囲気づくりが最も重要です。アイスブレイクを取り入れたり、「ここではどんな話でも安心して聞ける・話せる場である」という共通理解を作ったりすることが助けになります。
- 『聞くこと』への意識づけ: ただ「聞いて」と言うだけでなく、「相手が話しやすいように相槌を打ってみよう」「話の途中で遮らずに最後まで聞こう」「話の内容だけでなく、どんな気持ちで話しているのかな、と考えてみよう」など、聞く上で意識してほしい具体的なポイントを事前に伝えることが有効です。
- 評価との切り離し: これらのアクティビティは、あくまで生徒のコミュニケーション能力や共感力を育むためのものです。話の「上手さ」や内容の「正しさ」を評価するのではなく、活動への参加姿勢や、互いに耳を傾けようとする態度を大切に見守ることが望ましいでしょう。
- 時間の柔軟性: 短時間で区切って行うことで、他の授業内容を圧迫せずに導入できます。まずは5分から試してみて、生徒たちの様子を見ながら時間を調整していくのが良いでしょう。
まとめ
生徒が互いのストーリーに耳を傾ける時間は、教科内容の習得とは少し異なる、しかし生徒たちの成長にとって非常に価値のある学びの時間となり得ます。ミニストーリーの交換や、人物になりきって感情を語るアクティビティは、複雑な準備なしに授業に取り入れることが可能です。
これらの活動を通じて、生徒たちは他者の話に集中して耳を傾ける「聞く力」を養い、自分とは異なる経験や感情を持つ人々に寄り添う「共感力」を育むことができます。それは、教室内の人間関係をより豊かにするだけでなく、社会に出てからも他者と深く関わり、多様な世界を理解していくための確かな土台となるはずです。
ぜひ、明日の授業で、生徒たちが互いの声に耳を澄ませる「ストーリーを聞き合う時間」を設けてみてはいかがでしょうか。小さな一歩が、生徒たちの大きな成長に繋がるかもしれません。