中学校授業にプラスワン:ストーリーテリングで生徒の共感力を育む実践アイデア
ストーリーテリングで生徒の共感力を引き出す
変化の速い現代社会において、他者への理解や共感は、生徒たちが健やかな人間関係を築き、多様な社会で生きていく上で非常に重要な力となります。しかし、共感力は数値で測れるものではなく、どのように育むべきか悩まれる先生方もいらっしゃるかもしれません。
このような背景から、教育現場では生徒一人ひとりの内面に寄り添い、感性を刺激する指導法への関心が高まっています。その有効な手段の一つとして、「ストーリーテリング」が挙げられます。
ストーリーテリングは、単に物語を聞かせることだけを指すのではなく、感情や経験、知識を物語の形にして伝え、聞き手との間に共感を育む手法です。これを授業に取り入れることは、生徒の主体的な学びや表現力向上に繋がるだけでなく、他者の立場や感情を理解し、共感する力を自然に育む機会となり得ます。
なぜストーリーテリングが共感力育成に有効なのか
ストーリーテリングが共感力の育成に役立つ理由はいくつか考えられます。
まず、物語は登場人物の感情や思考、経験を追体験することを可能にします。生徒は物語を聞いたり読んだりする中で、登場人物の喜びや悲しみ、葛藤といった内面に触れ、あたかも自分がその場にいるかのように感じることがあります。この追体験のプロセスが、他者の感情や立場を理解する上で重要な役割を果たします。
次に、物語は単なる事実の羅列ではなく、語り手の視点や感情が込められています。これにより、生徒は多様な価値観や感じ方があることを学び、自分とは異なる背景を持つ人々の考えにも耳を傾ける姿勢が育まれます。
そして、ストーリーテリングを取り入れた活動では、生徒自身が感じたことや考えたことを言葉にする機会が生まれます。自分の内面を表現し、他者の反応を受け止める経験は、自己理解を深めると同時に、他者との相互理解にも繋がります。
授業で共感力を育むストーリーテリング導入のステップ
ストーリーテリングを生徒の共感力育成に役立てるために、授業に手軽に導入できるステップを提案します。特別なツールや複雑な準備は必要ありません。
ステップ1:共感を呼びやすい身近な題材を選ぶ
まず、生徒たちが自分事として捉えやすく、感情移入しやすい題材を選びます。 * 日々の学校生活で起こりうる出来事(友人関係、部活動、委員会活動など) * 教科書に出てくる人物や事例の「裏側」にあるであろう感情やエピソード * 先生自身のちょっとした経験談(ただし個人的なことに踏み込みすぎない範囲で) * 地域や社会で実際にあった心温まる話や課題を抱える人々の話(生徒に配慮した内容を選ぶ)
難解な文学作品である必要はありません。短く、情景や登場人物の気持ちが想像しやすいものが適しています。
ステップ2:先生が語り手となり、短く語ってみる
最初は先生自身がモデルとなり、選んだ題材について短く語ってみます。話す内容は、出来事の描写だけでなく、登場人物(あるいは自分自身)がその時どう感じたのか、なぜそう感じたのかといった内面に焦点を当てると良いでしょう。
例えば、「昨日、昇降口でこんな出来事がありました。Aさんが Bさんの靴を踏んでしまったのですが、その時Bさんは少し困った顔をしたけれど、『大丈夫だよ』と言いました。Bさんはどんな気持ちだったのでしょうね。」のように、情景描写と簡単な問いかけを含めて語ります。数分で終えられるような短い話から始めるのがポイントです。
ステップ3:簡単な問いかけで生徒の共感を促す
先生の語りの後、生徒に簡単な問いかけを投げかけます。この時の問いかけは、知識を問うものではなく、生徒自身の内面や想像力を刺激するものであることが大切です。 * 「今の話を聞いて、どんな気持ちになりましたか?」 * 「もし自分が〇〇さんだったら、どう感じると思いますか?」 * 「登場人物は、なぜそのように考えたのでしょう?」 * 「この話に、別の登場人物を加えるとしたら、どんな人がいて、どう感じそうですか?」
生徒はすぐに答えることが難しいかもしれません。ペアやグループで話し合う時間を設けるのも有効です。「正解」はなく、感じ方や考え方は人それぞれであることを伝えます。
ステップ4:生徒同士で短いエピソードを共有し合う機会を作る
ステップ1〜3に慣れてきたら、今度は生徒自身が語り手となる機会を設けます。 * 「最近あった出来事で、友達の気持ちが分かって嬉しかったこと」 * 「クラスメイトの意外な一面を知って、見方が変わったこと」 * 「ニュースで知った出来事で、心に残っていること」
といったテーマで、ペアや少人数のグループ内で簡単なエピソードを語り合い、互いの話を聞き合います。話すことに抵抗がある生徒には、聞く側に回ることを認めたり、話したい生徒だけが前に出て話す形式にしたりと、強制にならない工夫が必要です。話を聞いた生徒は、簡単な感想を伝える、問いかけをする、といった形で応答することで、相互の共感を深めます。
授業での実践アイデア例
これらのステップは、様々な教科や活動に取り入れることができます。
- 国語科: 物語文や説明文の登場人物、筆者の心情や考えを、生徒が「もし自分だったら」「あの時〇〇は、きっとこんな気持ちだった」と想像し、短いストーリーとして語ってみる。
- 道徳科: 扱っている主題に関連する身近な事例や、多様な価値観が表れる状況を短いストーリーとして提示し、それぞれの立場からの気持ちや考えを想像し、共有する。
- 社会科: 歴史上の人物や、現代社会の様々な立場の人のエピソード(短い物語)を紹介し、当時の状況やその人の気持ちを追体験する。
- 総合的な学習の時間: 探究テーマに関連する人々(取材対象者など)のエピソードを共有し、共感を入り口として理解を深める。
- ホームルーム活動や朝の会・帰りの会: クラスや学校内で起こった出来事について、関わった人々の視点から短いストーリーとして紹介し、互いを理解し、感謝する機会とする。
いずれの場合も、大掛かりな準備や特別な教材は必要ありません。日常的なコミュニケーションの中で意識的にストーリーテリングの要素を取り入れることから始められます。
ストーリーテリング導入の際の留意点
ストーリーテリングを共感力育成のために導入する際には、いくつかの点に留意することが大切です。
- 安全な場づくり: 生徒が安心して自分の気持ちや考えを表現できる、心理的に安全な環境を整備することが最も重要です。他者の話を否定したり、馬鹿にしたりする言動は決して許容しない姿勢を示します。
- 「正解」を求めない: 共感の度合いや感じ方は人それぞれです。特定の感情や考えを持つことを強制せず、多様な感じ方があることを認めます。
- 強制しない参加: 話すことや意見を言うことが苦手な生徒もいます。全ての生徒に等しく発言を求めるのではなく、まずは聞くことから参加できる選択肢を用意するなど、配慮が必要です。
- プライバシーへの配慮: 個人情報やプライベートな事柄に関わる内容は避け、公開されても問題のない範囲の身近なエピソードに留めます。
まとめ
ストーリーテリングは、生徒の共感力を育むための有効で、かつ比較的容易に授業に取り入れることができる手法です。先生自身による短い語りから始め、簡単な問いかけを通じて生徒の内面や想像力を刺激し、徐々に生徒同士が互いの経験や感情を語り合い、聞き合う機会を設けていくことが、その第一歩となります。
特別な準備は必要ありません。日々の授業や活動の中で、少し立ち止まり、出来事の背景にある人々の思いや感情に目を向ける時間を作る。そして、それを短い物語として分かち合うことから、生徒たちの共感力は少しずつ育まれていくことでしょう。ぜひ、明日の授業に小さな「語りの時間」をプラスしてみてはいかがでしょうか。