中学校授業で生徒の「考える力」と「解決する力」を育むストーリーテリング活用術
授業に「プラスアルファ」:生徒の問題解決能力を引き出すストーリーテリング
日々の授業において、教科の内容を正確に伝えることはもちろん重要ですが、それと同時に、生徒たちが将来直面するであろう多様な課題に対し、自ら考え、解決策を見出す力を育むこともまた、教育に携わる者の大切な役割です。しかし、生徒が受け身になりがちで、なかなか主体的な思考や行動につながりにくいと感じる場面もあるかもしれません。
このような課題に対し、「ストーリーテリング」は有効なアプローチの一つとなり得ます。単に面白い話を聞かせるというだけでなく、物語の構造や登場人物の経験を通して、生徒の「考える力」や「問題を解決する力」を自然な形で引き出す可能性を秘めているからです。
この記事では、中学校の授業にストーリーテリングを導入することで、生徒の問題解決能力をどのように育むことができるのか、その具体的なステップと実践的なアイデアをご紹介します。複雑な準備は不要で、いつもの授業に少し工夫をプラスする感覚で取り入れられる方法に焦点を当てます。
なぜストーリーテリングが問題解決能力の育成に有効なのか
物語は、登場人物が何らかの「問題」に直面し、それを乗り越えようと葛藤し、最終的に「解決」に至る(あるいは至らない)という基本的な構造を持っています。この構造そのものが、現実世界における問題解決のプロセスと非常に似ています。
生徒は物語に触れる中で、登場人物の立場に立って感情移入し、彼らが直面する困難や課題を追体験します。この過程で、生徒は無意識のうちに「もし自分ならどうするか」「他にどのような方法があるだろうか」と考えを巡らせることになります。
また、物語には多様な背景を持つ登場人物が登場し、それぞれ異なる視点や価値観から問題にアプローチします。これに触れることは、生徒が自身の固定観念にとらわれず、多角的に物事を捉える視点を養うことに繋がります。失敗談からは避けるべきアプローチを学び、成功談からは新しいアイデアを得るきっかけとなります。
このように、ストーリーテリングは、単に知識を伝達するだけでなく、生徒の内面に働きかけ、共感、分析、創造的な思考といった、問題解決に不可欠な要素を育むための豊かな土壌を提供するのです。
授業で実践!問題解決スキルを育むストーリーテリングのステップ
授業にストーリーテリングを取り入れ、生徒の問題解決能力に働きかけるための具体的なステップを以下に示します。これらのステップは、特定の教科に限らず、多くの授業で応用可能です。
ステップ1:問題解決の要素を含む「物語」を選定・準備する
まず、授業の狙いや内容に合わせて、問題解決の要素が明確に含まれる物語を選びます。これは既存の教材(教科書内のエピソード、伝記、史実、文学作品など)から見つけることもできますし、先生ご自身が課題に合わせて作成するミニストーリーでも良いでしょう。
- 例:
- 歴史上の人物が国難に直面し、ある決断を下すまでの経緯。
- 科学者が特定の課題(病気の治療法発見など)に挑み、幾多の失敗を経て成功に至るまでの試行錯誤の物語。
- ある地域社会が抱える環境問題を解決するために住民が協力する架空のストーリー。
- 登場人物が個人的な倫理的ジレンマに直面し、葛藤する物語。
重要なのは、単に出来事を追うだけでなく、「誰が」「どのような問題に直面し」「どうしようとしたか」という点が生徒に伝わる物語を選ぶことです。
ステップ2:物語を提示し、生徒の関心を引き出す
選んだ物語を生徒に提示します。これは先生が語る形式でも、資料を読ませる形式でも構いません。導入部分で生徒の好奇心を刺激し、「この後どうなるのだろう」「登場人物はどうするのだろう」という期待感を持たせることが効果的です。
物語の核心、すなわち登場人物が問題に直面する場面に差し掛かったところで、意図的に語るのを中断したり、特定の問いかけを挟んだりするのも良い方法です。
ステップ3:物語から「問題」を明確に特定する
物語を共有した後、生徒と共に、登場人物が直面した「問題」を明確に言語化します。「この物語の主人公は、具体的に何に困っていましたか?」「彼(彼女)が乗り越えなければならなかった壁は何でしたか?」といった問いかけを通して、問題を構造的に理解する練習をします。
ここでは、問題が複数ある場合や、問題の定義が生徒によって異なる場合も考えられます。多様な意見を受け止め、様々な角度から問題を捉えることの重要性を示します。
ステップ4:多様な「解決策」を探究させる
物語の結末を知る前に(または知った上で)、生徒にその問題に対する様々な解決策を考えさせます。
- 登場人物が実際に取った行動について、「なぜその方法を選んだのか?」「他にどのような選択肢があったか?」をグループや全体で話し合います。
- 「もしあなたがこの登場人物だったら、どうしますか?」「その方法を選んだのはなぜですか?」と問いかけ、生徒自身が主人公になりきって考えを巡らせる機会を作ります。
- ブレインストーミング形式で、自由な発想による解決策を出し合います。「現実的でなくても良いから、とにかくたくさんのアイデアを出してみよう」と促します。
この段階では、アイデアの質よりも量を重視し、多様な可能性を探求する姿勢を育むことに重点を置きます。
ステップ5:解決策を「評価」し、物語の結末と照らし合わせる
生徒から出された多様な解決策について、それぞれのメリット・デメリットや、実行した場合に考えられる結果を検討します。「その解決策は、どのような点では有効そうですが、どのようなリスクが考えられますか?」「誰にとって、どのような影響がありますか?」といった視点で評価を促します。
物語の結末を知っている場合は、登場人物が取った解決策がどのような結果をもたらしたのかを確認し、生徒が考えた他の解決策と比較検討します。「もし他の方法を選んでいたら、結果はどうなっていたでしょうか?」と問いかけることで、選択と結果の関係性について深く考えさせます。物語の結末が「失敗」であったとしても、そこから何を学べるのかを考察します。
ステップ6:学びを「一般化」し、現実世界に繋げる
特定の物語における問題解決のプロセスを通して得た学びを、より普遍的な知識やスキルとして捉え直します。「この物語から学んだ、問題を解決するためのヒントは何ですか?」「似たような問題は、私たちの身の回りや他の教科でありますか?」といった問いかけを通じて、物語の世界と現実世界、そして他の学習内容との繋がりを意識させます。
これにより、生徒は物語が単なるフィクションではなく、自身の思考や行動に役立つ示唆を含んでいることを理解し、主体的に学ぶ意義を見出すことができるでしょう。
中学校授業での具体的な実践例
例1:社会科(公民的分野)
地域社会が抱える特定の課題(例:高齢化、環境問題、防災など)について、簡単な架空のミニストーリーを作成します。登場人物(地域の住民、行政担当者、中学生など)がその課題にどのように向き合い、どのような解決策を模索するかを描写します。
- 実践:
- 課題が明確になったところで物語を中断し、生徒に「この地域の問題は何ですか?」「登場人物はどんな解決策を考えていますか?」「他にどんな方法が考えられますか?」と問いかける。
- グループで話し合い、多様な解決策を出し合い、発表させる。
- 物語の続き(登場人物が実際に取った行動やその結果)を提示し、生徒の考えた解決策と比較・評価する。
- 実際の地域課題と照らし合わせ、自分たちにできることを考えさせる。
例2:理科
科学史上の重要な発見や発明の裏にあるエピソードを物語として紹介します。例えば、ノーベル賞を受賞した研究者の、困難な研究生活や予期せぬ発見に至るまでの物語などです。
- 実践:
- 研究者が直面した科学的な課題や、実験の失敗、周囲からの批判といった「問題」に焦点を当てて語る。
- 研究者がどのように考え、どのようなアプローチ(解決策)を試みたのかを追体験させる。
- 「もし自分なら、この状況でどのように考え、実験を続けるだろうか?」と問いかけ、科学的な思考プロセスや粘り強さについて考えさせる。
- 失敗から学ぶことの重要性や、固定観念にとらわれない発想の大切さを、エピソードを通して伝える。
例3:国語
物語文の読解において、登場人物が直面する内面的・外的な「問題」や「葛藤」に焦点を当てます。
- 実践:
- 登場人物が重大な決断を迫られる場面で、物語の展開を予想させるだけでなく、「登場人物はどのような選択肢があり、それぞれどのような結果になりそうか?」「あなたなら、その登場人物にどのようなアドバイスをしますか?」と問いかける。
- 登場人物の心情や置かれた状況を深く読み解き、なぜその行動(解決策)を取ったのかを多角的に考察させる。
- 複数の登場人物がいる場合、それぞれが同じ問題に対して異なるアプローチを取る理由を考えさせ、多様な価値観や解決法が存在することを学ぶ。
ストーリーテリング導入の注意点と、よくある疑問
- 完璧な「正解」を求めすぎない: 問題解決のプロセス自体に価値があります。生徒が出した解決策が物語の結末と異なっていても、あるいは「不正解」に見えるものであっても、その発想や理由付けを尊重し、評価することが大切です。多様な考え方があることを認め、自由に発言できる雰囲気を作りましょう。
- 物語の選定に時間をかける: 授業の目的や生徒の興味関心に合った物語を選ぶことが、ストーリーテリングの効果を高める鍵となります。長すぎる物語は避け、授業時間内に収まるエピソードや、要約して伝えられるものを選びましょう。
- 評価への接続: 問題解決のプロセス(問題の特定、解決策の探究、評価など)を評価の対象とすることも可能です。グループでの議論への参加度、発表内容の論理性、多様な視点を取り入れているかなど、観点を明確にすることで、生徒は主体的に取り組むようになります。
- 先生が語ることに慣れていない場合: 最初は短いエピソードから始めたり、動画や朗読音声などの既存のリソースを活用したりするのも良いでしょう。完璧な語り口調である必要はありません。大切なのは、生徒の心に響く「何か」を伝えることです。
授業に「考える力」と「解決する力」をプラスする
ストーリーテリングは、教科の知識を伝達するだけでなく、生徒たちが主体的に考え、問題に立ち向かうための力を育む有効な手段です。特別なツールや複雑な理論は必要ありません。身近な教材や、先生ご自身の言葉で語られる物語を通して、生徒の知的好奇心と探究心を刺激することができます。
物語の世界で多様な問題解決のプロセスを追体験することは、生徒たちが現実世界で直面するであろう様々な困難に対し、「自分ならできるかもしれない」「色々な方法があるはずだ」と前向きに取り組む姿勢を育むことに繋がるでしょう。ぜひ、皆さんの授業にストーリーテリングを「プラスアルファ」として取り入れ、生徒たちの「考える力」と「解決する力」を育んでいただければ幸いです。