ストーリーテリングの「テンプレート」を授業に:生徒の思考と表現を促すステップ
複雑な情報や思考を整理する手立てとして
日々の授業では、生徒たちが新しい知識を習得し、それらを関連付け、自身の考えを深めていくプロセスを支援することが重要です。特に中学校段階では、抽象的な概念が増えたり、出来事の因果関係が複雑になったりと、生徒が学ぶ内容は多岐にわたります。こうした状況で、生徒が知識を「点」ではなく「線」や「構造」として捉え、自身の言葉で表現できるようになることは、深い理解に繋がります。
しかし、生徒によっては、情報が整理できなかったり、頭の中にある考えをどのように形にすれば良いか迷ったりすることがあります。ここで一つの有効な手段となりうるのが、ストーリーテリング、中でも「物語のテンプレート」を活用することです。
なぜ授業で「物語のテンプレート」を使うのか
「テンプレート」と聞くと、定型的で創造性を損なうのでは、と感じるかもしれません。しかし、ここでいうテンプレートは、物語を作る上での基本的な「型」や「構造」のことです。例えるなら、文章を書く際の「起承転結」やレポートの「序論・本論・結論」のようなものです。
物語のテンプレートを授業に取り入れることには、いくつかの利点があります。
- 思考の構造化を促す: 複雑な情報や出来事を、物語の「始まり」「展開」「結末」といったシンプルな要素に分解して当てはめることで、自然と情報が整理され、構造的に理解する手助けとなります。
- 表現へのハードルを下げる: 白紙の状態から自由に表現することに難しさを感じる生徒にとって、テンプレートは思考や記述の足がかりとなります。「ここに何を書こう」「次は何を考えれば良いか」といった迷いを減らし、表現活動に取り組みやすくします。
- 多角的な視点を育む: 同じ出来事や概念でも、異なるテンプレート(例: 問題解決の物語、変化の物語)に当てはめてみることで、多様な側面から対象を捉え直す機会が生まれます。
- 汎用性が高い: シンプルなテンプレートであれば、特定の教科に限定されず、国語で物語を創作する場面だけでなく、理科で現象のプロセスを説明したり、社会科で歴史的出来事を整理したり、総合的な学習の時間で探究の道のりを振り返ったりと、様々な場面で活用できます。
これらの利点から、物語のテンプレートは、生徒が知識を整理し、自らの思考を深め、それを効果的に表現するための有効なツールとなり得ます。
シンプルな「物語のテンプレート」の例
授業で手軽に導入できる、シンプルで汎用性の高いテンプレートをいくつかご紹介します。これらはあくまで例であり、授業内容や目的に合わせて調整や組み合わせが可能です。
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基本の起承転結型:
- 起: 物語の始まり、状況設定(いつ、どこで、誰が、どんな状態だったか)
- 承: 出来事の発生、物語の展開(何が起こり、状況がどう変わったか)
- 転: ターニングポイント、問題への対処(大きな変化、困難、解決に向けた試み)
- 結: 物語の結末、結果(最終的な状況、得られたこと、学んだこと)
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問題解決型:
- 問題: 解決すべき課題、問い(何が問題だったか、何を知りたいか)
- 原因・背景: 問題が起こった理由、関連情報(なぜその問題が起きたのか、どんな背景があるか)
- 試行錯誤・行動: 問題解決に向けたプロセス(どんな方法を試したか、どんな行動をとったか)
- 解決・結果: 問題の解決、得られた結果(問題は解決したか、どんな結果になったか)
- 学び: この経験から学んだこと(何が分かったか、次に活かせることは何か)
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変化の物語型:
- 以前の状態: 変化が起こる前の状況(何はどのようにだったか)
- 変化のきっかけ: 変化が始まった出来事や理由(何が原因で変化が始まったか)
- 変化の過程: 変化がどのように進んだか(どんな経過をたどったか)
- 今の状態: 変化した後の状況(現在はどうなっているか)
- この変化がもたらしたもの: 変化の結果として生じた良い点や難しい点
これらのテンプレートは、生徒が漠然とした情報や思考を、物語という分かりやすい「枠」にはめて構造化する手助けとなります。
授業で「物語のテンプレート」を使う具体的なステップ
実際に授業でこれらのテンプレートを導入するための具体的なステップをご紹介します。特別な準備や複雑なツールは必要ありません。
ステップ1: 授業の目標とテンプレートの選定
まず、その授業で生徒に何を学んでほしいか、どのような思考や表現を促したいかを明確にします。その目標に合わせて、どのテンプレートが適しているかを選定します。例えば、歴史上の出来事の理解なら「変化の物語型」、科学の探究活動の振り返りなら「問題解決型」が考えられます。
ステップ2: テンプレートの提示と説明
生徒に選んだテンプレートを示し、それぞれの要素(起、承、転、結など)が何を意味するのか、簡単な例を挙げて説明します。テンプレートを図や表形式で配布すると、生徒は取り組みやすくなります。
ステップ3: 扱うテーマと材料の収集
授業で扱うテーマ(特定の出来事、概念、人物、問いなど)を設定します。生徒に、そのテーマに関する情報や、テンプレートの各要素に当てはまりそうな材料(事実、考え、感情、プロセスなど)を集めさせます。教科書、資料集、インターネット、自身の経験など、様々な情報源が考えられます。
ステップ4: テンプレートへの情報の落とし込み
集めた材料をテンプレートの各要素に当てはめて記述させていきます。最初は箇条書きでも構いません。大切なのは、情報を整理し、物語の構造に沿って並べていくプロセスです。生徒同士で話し合いながら進めるのも良いでしょう。
ステップ5: 表現と共有
テンプレートに整理した内容を元に、生徒に表現活動を促します。文章で記述するだけでなく、図解する、絵を描く、短い発表をするなど、様々な形式が考えられます。完成した物語(あるいはテンプレートに書き込んだ内容)を、グループ内やクラス全体で共有する機会を設けます。他の生徒の物語に触れることで、新たな視点や気づきが生まれることがあります。
ステップ6: 振り返り
テンプレートを使って学んだプロセス自体についても振り返りの時間を設けます。「テンプレートを使うことで、どんなことが整理できたか?」「どんな発見があったか?」「難しかった点は?」「次に活かせそうなことは?」といった問いを投げかけ、メタ認知を促します。
実践例:社会科「産業革命」の授業での活用
例えば、中学校社会科で「産業革命」を扱う際に、「変化の物語型」テンプレートを活用することを考えます。
- テーマ: イギリスの産業革命とその影響
- テンプレート: 変化の物語型
生徒は資料を読み込み、以下の要素をテンプレートに書き込んでいきます。
- 以前の状態: 産業革命前のイギリスの産業や人々の生活(家内制手工業中心、農業が中心、都市の様子など)
- 変化のきっかけ: 新しい機械の発明(飛び杼、力織機、蒸気機関など)や制度の変化(囲い込みなど)
- 変化の過程: 新しい機械が導入され、工場制手工業から工場制機械工業へ移行するプロセス、都市への人口集中、新たな階級の出現など
- 今の状態: 産業革命の結果、産業や社会がどのように変化したか(生産量増大、交通網の発達、都市問題の発生、新たな社会構造など)
- この変化がもたらしたもの: 経済的な豊かさの向上、環境問題、労働問題、社会構造の変化などが、人々や社会にどのような影響を与えたか
このようにテンプレートを用いることで、生徒は単に事実を羅列するだけでなく、「なぜ変化が起きたのか」「どのように変化が進んだのか」「その結果何が生まれたのか」といった因果関係や変化のプロセスを、物語の構造に沿って整理し、理解を深めることができます。
導入にあたっての注意点
物語のテンプレートは有効なツールですが、導入にあたってはいくつか注意しておきたい点があります。
- 「型」に縛りすぎない: テンプレートは思考や表現の補助輪です。型通りに進めること自体が目的にならないよう、生徒自身の言葉や考え、発見を大切にします。
- スモールスタートで: 最初は短い時間、簡単なテーマで試してみるのがおすすめです。完璧な物語を求めるのではなく、テンプレートを使うことの気軽さや面白さを生徒が感じられるようにします。
- 共有の場を安全に: 生徒が自分の思考や表現を安心して共有できる雰囲気作りが重要です。多様な表現や考えを認め、否定的な評価をしないよう配慮します。
まとめ
中学校の授業にシンプルな「物語のテンプレート」を取り入れることは、生徒が複雑な情報や自身の思考を整理し、構造化し、効果的に表現するための有効な手立てとなります。特別な準備は不要で、様々な教科や学習活動に応用可能です。
まずは小さなステップとして、扱っている単元の内容をシンプルなテンプレートに当てはめて整理する活動を試してみてはいかがでしょうか。生徒たちが学びの内容を「自分ごと」として捉え、主体的に思考し表現するきっかけとなるかもしれません。