「多様な価値観」を理解する:中学校授業で生徒の視野を広げるストーリーテリング活用法
授業における「多様な価値観」へのアプローチ
現代社会においては、多様な価値観が存在し、それぞれを理解し尊重する能力が求められます。中学校の授業においても、教科内容を通じてこの「多様な価値観」に触れ、生徒自身の視野を広げる機会を提供することは、重要な教育課題の一つです。
しかし、多様な価値観について一方的に説明するだけでは、生徒にとって他人事のように感じられたり、表面的な理解に留まったりすることが少なくありません。生徒が主体的に考え、他者の立場や考え方に寄り添いながら理解を深めるためには、より効果的なアプローチが求められます。
そこで有効な手法の一つとして考えられるのが、ストーリーテリングの活用です。ストーリーは、登場人物の背景、感情、動機などを複合的に描くことが得意であり、異なる価値観を持つ人々の世界観や葛藤を、生徒が追体験する機会を提供します。
なぜストーリーテリングが多様な価値観の理解に有効なのか
ストーリーテリングが、生徒が多様な価値観を理解する上で効果を発揮するのには、いくつかの理由があります。
- 追体験と共感の促進: ストーリーの登場人物を通して、生徒は異なる立場や背景を持つ人々の考え方、感じ方を疑似的に体験できます。これにより、単なる情報としてではなく、感情を伴った理解が促され、共感の素地が育まれます。
- 多角的な視点の提示: 一つの出来事でも、登場人物によって捉え方や意味づけが異なります。ストーリーはこれらの異なる視点を提示し、生徒に「一つの見方だけが全てではない」という気づきを与えます。
- 文脈の中での理解: 価値観は、その人の育った環境や経験、置かれている状況など、様々な文脈の中で形成されます。ストーリーはこうした文脈を描き出すことで、なぜある価値観が生まれたのかをより深く理解する手がかりを提供します。
- 「正解がない問い」への向き合い: 多様な価値観が衝突する場面を描いたストーリーは、しばしば明確な「正解」が存在しない問いを含んでいます。生徒はこのような問いに向き合う中で、物事を単純化せずに考える力や、異なる意見が存在することを前提とした思考力を養います。
授業にストーリーテリングを導入する具体的なステップ
生徒がストーリーを通じて多様な価値観に触れ、理解を深めるための具体的なステップを以下に示します。複雑な準備を必要とせず、既存の授業にプラスアルファとして取り入れやすい方法を中心に考えます。
ステップ1:適切な題材の選定
異なる価値観や立場が描かれている題材を選びます。教科書に載っている物語、歴史上の出来事、現代社会のニュースや事例、特定のテーマに関するドキュメンタリーなどが考えられます。
- 選定のポイント:
- 複数の登場人物(あるいは立場)が描かれていること。
- それぞれの人物(立場)が異なる考え方や背景を持っていることが示唆されていること。
- 生徒の興味関心を引きやすく、発達段階に適していること。
- 必要に応じて、短い抜粋や要約でも活用できるものであること。
ステップ2:焦点化と問いの設定
選定した題材の中から、生徒に特に注目してほしい人物や場面、異なる価値観が表れている箇所に焦点を当てます。そして、生徒が多様な価値観について考えを深めるための問いを設定します。
- 問いの例:
- 登場人物Aは、なぜこのような行動をとったのだと思いますか? 彼(彼女)の考え方を想像してみましょう。
- もし自分が登場人物Bの立場だったら、どのように感じ、考え、行動するでしょうか?
- 登場人物AとBの意見が異なるのはなぜでしょうか? それぞれの背景にどのような違いがあると考えられますか?
- この出来事について、異なる立場の人々がどのように受け止めたか、想像して話し合ってみましょう。
- 自分たちの身の回りにも、似たような「考え方の違い」はありますか? それはどのような時ですか?
問いは、生徒に単なるあらすじ理解を超え、「なぜ?」「もし?」といった探究的な視点を持たせることを意識します。
ステップ3:活動のデザイン
設定した問いに基づき、生徒が主体的に考え、表現し、共有するための活動をデザインします。
- 活動例:
- 登場人物の視点ワークシート: 登場人物ごとに、その時考えたこと、感じたこと、大切にしていることなどを書き出すワークシートを用意する。
- 「空白を埋める」活動: 物語の中で語られていない、登場人物の心情や背景を想像して短い文章やセリフを作成する。
- ロールプレイング/対話シミュレーション: 異なる価値観を持つ登場人物になりきり、特定の場面で対話を行う。
- 比較・対照: 異なる意見や立場の記述を並べ、共通点や相違点を整理する。
- もしも思考: 物語や出来事の前提を変えたらどうなるか、異なる選択肢の結果を想像する。
高度なITツールを使わずとも、ワークシートや簡単なグループワーク、クラス全体での話し合いなどで実施できる活動が中心となります。
ステップ4:共有と対話の場の設定
生徒がそれぞれの考えや気づきを安心して共有し、互いの異なる視点に触れることができる場を設定します。
- ポイント:
- どの意見も否定しない、傾聴の姿勢を大切にする雰囲気づくり。
- 「間違っている」ではなく、「そのような考え方もある」「自分とは違う見方だ」という受け止め方を促す。
- クラス全体で、異なる意見があること、そしてそれらを理解しようとすることの意義を確認する。
- 生徒の意見を尊重しつつ、必要に応じて教師が補足情報を提供したり、議論の方向性を調整したりする。
実践例:社会科での活用
例えば、社会科で近代史におけるある出来事を扱う際に、複数の国や異なる立場の人物(政治家、一般市民、兵士など)の記録や証言、フィクション作品の抜粋などを題材として用いることが考えられます。
まず、それぞれの記録や物語の断片を読み聞かせたり提示したりします。その後、「なぜこの人物はこのように考え、行動したのだろうか?」「同じ出来事でも、立場が違うと見え方がどう変わるだろう?」といった問いを投げかけ、生徒はそれぞれの立場に立って思考する時間を持ちます。
グループ活動では、それぞれの立場の「声」を代弁するような短い発表を作成したり、架空の対話シナリオを考えたりすることも有効です。最後に全体で共有し、「正しさ」を追求するのではなく、「多様な見方や受け止め方がある」という事実と向き合い、その背景にある価値観や状況を理解しようと努めます。
導入における注意点
ストーリーテリングを授業に導入する際は、以下の点に留意することで、より効果的に進めることができます。
- 目的の明確化: なぜこのストーリーテリング活動を行うのか(例: 多様な価値観への理解、共感力の育成など)、目的を生徒と共有すると、活動への主体性が高まります。
- 安全な場の確保: 特に異なる価値観を扱う際は、生徒が安心して自分の意見や疑問を表明できる、心理的に安全な教室環境が不可欠です。批判や否定のない対話を教師が主導し、規範を示します。
- 教師の準備: 扱う題材について、教師自身が複数の視点や背景を理解しておくことが望ましいです。特定の価値観を「善」、別の価値観を「悪」のように単純化して提示しないよう注意が必要です。
- 時間配分: ストーリーテリング活動は、生徒の思考や対話に時間を要することがあります。授業時間全体の中での位置づけや、活動ごとの時間配分を事前に計画しておくことが重要です。
結論
ストーリーテリングは、単に物語を聞く活動に留まらず、登場人物や出来事の背景にある多様な価値観に生徒が触れ、自身の視野を広げるための有力な手法です。具体的なステップに沿って、既存の授業に「プラスアルファ」として取り入れることで、生徒の共感力や多角的な思考力を育む機会を創出できます。
複雑なツールや理論に頼る必要はありません。身近な物語や事例を用い、生徒が「もし自分だったら?」「あの人はどう考えたのだろう?」と想像を膨らませる問いかけと活動をデザインすることから始めてみてはいかがでしょうか。ストーリーテリングを通じた多様な価値観への探求は、生徒の未来において必ず活きる財産となるでしょう。