中学校授業で生徒が「なぜ学ぶか」を考える:ストーリーテリングによる内発的動機付けへのアプローチ
授業における「なぜ学ぶのか」という問いへの向き合い方
中学校の段階において、生徒が「なぜ、今これを学んでいるのだろう」という疑問を抱くことは自然な過程です。学習内容が抽象的になったり、将来とのつながりが見えにくくなったりすることで、学びへの意欲が維持しにくくなることもあります。生徒が受け身にならず、主体的に学習に取り組むためには、生徒自身が「学ぶ意味」や「目的」を見出す機会を提供することが重要であると考えられます。
このような課題に対して、ストーリーテリングは有効なアプローチの一つとなり得ます。単に知識を伝えるだけでなく、学習内容にまつわる「物語」を通して、その知識や概念がどのように生まれ、どのような目的で使われ、人々の生活や社会にどう関わってきたのかを示すことで、生徒は学びの背景にある人間的な営みや具体的な価値を感じ取ることができます。これにより、生徒は学習内容を自分自身や社会とのつながりの中で捉え直し、「なぜ学ぶのか」という問いへの自分なりの答えを探求し始める可能性があります。
ストーリーテリングが内発的動機付けに寄与する理由
ストーリーテリングが、生徒の学びへの内発的な動機付けに寄与するのはなぜでしょうか。物語は、しばしば「目的」「葛藤」「解決」「変化」といった構造を持っています。これは、探究活動や問題解決といった学びのプロセスが辿る構造と共通する部分が多くあります。
物語を通して、生徒は登場人物が目標達成のために直面する困難や、それを乗り越えるための思考・行動の過程を追体験します。この過程で示される動機や目的は、生徒自身の学びの動機について考える示唆を与えることがあります。また、抽象的な知識や法則が、具体的な人物の経験や歴史的な出来事といった「文脈」の中で提示されることで、その知識が「何のために存在するのか」「どのような価値を持っているのか」をより肌感覚で理解しやすくなります。このような理解は、単なる暗記や表面的な知識の習得を超え、生徒の内側から湧き上がる知的好奇心や探究心を刺激することにつながる可能性があります。
「なぜ学ぶか」を考えるためのストーリーテリング導入ステップ
授業にストーリーテリングを取り入れ、生徒が「なぜ学ぶか」を考えるきっかけを作るための具体的なステップをご紹介します。複雑な準備は必要ありません。既存の授業構成に「プラスアルファ」として短いストーリーを加えることから始めることが可能です。
ステップ1:学習内容と「問い」を結びつける
これから学ぶ内容が、どのような背景から生まれ、どのような目的で使われているのか、あるいはどのような課題を解決するために役立つのか、といった点に焦点を当てます。そして、その学習内容にまつわる「なぜ」という問いを設定します。
- 例:
- 数学の二次方程式:「この公式は、どんな困りごとを解決するために、いつ頃、誰によって考え出されたのだろう?」
- 理科の電力計算:「電気がどのように使われるようになったとき、なぜこのような計算が必要になったのだろう?」
- 社会科の産業革命:「多くの人々の働き方や暮らしは、なぜ、どのようにして大きく変わったのだろう?」
- 国語の古典文学:「千年も前の人々が書いた物語を、なぜ私たちは今も読むのだろう?」
この問いは、授業の導入で提示し、生徒がこれから学ぶ内容に対して「何を知りたいのか」という意識を持つように促すために活用できます。
ステップ2:問いに答えるミニストーリーを用意する
設定した「問い」に答える、あるいは問いを深めるための短いストーリーを用意します。これは、歴史的なエピソード、科学者の発見物語、その技術が活用されている具体的な事例、創作されたたとえ話など、様々な形式が考えられます。
- 例:
- 二次方程式:古代バビロニアでの土地測量における問題や、ルネサンス期の数学者による探求のエピソード。
- 電力計算:エジソンやテスラの直流・交流論争、あるいは現代の電力供給網における課題解決のストーリー。
- 産業革命:蒸気機関の発明者であるワットの苦労や、工場で働く人々の生活の変化を描いたノンフィクションの一節。
- 古典文学:作者が生きた時代の社会背景や、その作品が後世に与えた影響にまつわるエピソード。
ストーリーは、詳細である必要はありません。生徒が学習内容の「背景」や「目的」を感じ取れるような、簡潔で印象的なものが望ましいです。
ステップ3:ストーリーを共有し、学びと関連付けて考える時間を持つ
授業中にこのミニストーリーを生徒に共有します。教師が語る形式でも良いですし、短い動画資料や、エピソードが書かれたプリントを配布する形でも良いでしょう。ストーリー共有後、生徒にストーリーとこれから学ぶ内容を結びつけて考えてもらう時間を設けます。
- 具体的な活動例:
- ストーリーを聞いて感じたことや考えたことをペアやグループで話し合う。
- ストーリーから、これから学ぶ内容が「何に役立ちそうか」「どんな可能性があるか」を考え、付箋に書いて共有する。
- ストーリーの中の登場人物が、これから学ぶ知識をどのように活用したか、あるいは活用できたらどうなったかを想像して書き出す。
これらの活動を通して、生徒は抽象的な学習内容を、具体的な人間の営みや社会的な文脈と結びつけて捉え直す機会を得ます。
ステップ4:学びと自分自身のストーリーを結びつける想像を促す
学習内容の背景や目的をストーリーで捉えた後、さらに一歩進んで、生徒自身の日常や将来と学習内容を結びつけるストーリーを想像する活動を促します。これは、学びが「自分ごと」となるための重要なステップです。
- 具体的な活動例:
- 「もし、あなたが二次方程式の知識を持っているとしたら、どんな問題を解決してみたいですか?それを短い物語にしてみましょう。」
- 「あなたが将来、電力関連の仕事に就くとします。今日の学びが、その仕事でどのように活かされるか、未来の自分のストーリーを想像して書いてみましょう。」
- 「今日の歴史の学びから、将来社会で活躍するために、どのような視点を持つことが大切だと感じましたか?その視点を持って取り組む自分の未来の姿を物語風に表現してみましょう。」
このような活動は、生徒が自らの学びを主体的に意味づけ、「何のために学ぶのか」という問いに対する個人的な答えを見出す手助けとなります。必ずしも完成された物語を作る必要はなく、アイデアの断片や短い表現でも十分な効果が期待できます。
導入にあたっての注意点
ストーリーテリングを授業に取り入れる際は、いくつかの点に留意することで、より効果を高めることができます。
- 簡潔さを心がける: 授業時間は限られています。ストーリーは長く複雑なものにする必要はありません。最も伝えたい「学びの目的」や「背景」が際立つよう、簡潔にまとめることが重要です。
- 学習内容との関連を明確に: ストーリーが面白くても、学習内容とのつながりが不明確では逆効果になる可能性があります。ストーリーを提示する意図や、学習内容との関連性を明確に伝えるように努めます。
- 生徒の思考を促す設計に: ストーリーを聞かせるだけで終わらせず、そのストーリーを元に生徒が考えたり、話し合ったりする時間を必ず設けます。ストーリーはあくまで、生徒の思考や探究のきっかけとなるツールです。
- 完璧を目指さない: 全ての学習内容に壮大なストーリーが必要なわけではありません。特定の単元やテーマの導入、あるいはまとめなど、効果的だと考えられる部分から試してみて、徐々に広げていくことをお勧めします。
まとめ
中学校の授業で生徒が「なぜ学ぶのか」という問いに向き合い、学びへの内発的な動機付けを高めることは、生徒の将来にわたる学びの質を高める上で非常に重要です。ストーリーテリングは、学習内容に人間的な温かさや具体的な文脈を与え、生徒が知識や概念を自分自身や社会とのつながりの中で捉え直す手助けとなります。
今回ご紹介したステップは、大掛かりな準備を必要とするものではありません。既存の授業構成に短いストーリーをプラスすることから、手軽に始めることが可能です。ぜひ、日々の授業にストーリーテリングを取り入れ、生徒たちが「学ぶ意味」を自ら発見する探究の旅を応援してみてはいかがでしょうか。